1 事件概要
XらはY会社に勤務しており,タクシー乗務員として就労していました。また,勤務時間は全員が隔日勤務で,午前8時から午前2時までの18時間,うち2時間は休憩時間という労働条件でした。
原告らの賃金体系については,毎月1日から末日までの稼働による月間の売り上げに一定の歩合を乗じた金額を翌月5日に支払うというもので,原告らが時間外労働,深夜労働を行った場合にも,この歩合給以外に支給される賃金はありませんでした。また,歩合給のうちで,通常の労働時間に対応するものと,時間外や深夜労働時間に対応するものとの区別がなされていたわけでもありませんでした。このため,原告らは時間外割増賃金及び深夜割増賃金の支払いがなされていないとして,かかる支払いを求めて訴訟を提起しました。
2 最高裁判決 最2小平成6年6月13日
これに対して,最高裁の判決は以下の通りです。
「Xらに支給された歩合給の額は,Xらが時間外および深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく,通常の労働時間の賃金にあたる部分と時間外および深夜の割増賃金にあたる部分とを判別することもできないものであったことからして,この歩合給の支給によって,Xらに対して労基法37条の規定する時間外および深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり,Y会社は,Xらに対し,Xらの時間外および深夜の労働について,労基法37条及び労基則19条1項6号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務があることになる。」
3 判例からわかること
この判例で取り上げられている労基法37条とは,各種割増賃金の支払い義務を定めた条文です。また,労基則19条は各種割増賃金の割増率を定めた規定になります。
この点に関して一つ注意ですが,割増賃金の支払いに関しては,法令の定める方法に従って計算したうえで支払うことまでは求められておらず,実際に支払った金額が,法の想定している計算方法により支払われるべき金額に達してさえいれば,割増賃金の支払いとしては適法なものと解されています。
このため,割増賃金を定額として支払うみなし残業制度も有効となるというわけです。もっとも,みなし残業制度の場合でも,実際に支払われるべき金額がみなし残業代の額を超えている場合には当然差額の支払いが必要にはなりますが。
なお,雇用者が支払っている各種手当についても,実質的に時間外労働や深夜労働に対する代償として支払われていると判断される場合は,雇用者が支払わなければならない割増賃金額に,各種手当の金額を充当することができます。
問題となるのは雇用者側が通常支払う金額の中に,割増賃金部分も含まれているものとし,追加で増額して支払うことをしないという運用をした場合に,かかる取り扱いで割増賃金を支払ったことになるかという点です。
この点,本判決は,通常分と割増賃金分とを区別せずにまとめて支払いを行い,その支払いで割増賃金分の支払いもなされていると判断することは,通常分と割増賃金分とが区別され,労働者の側からみてその判断がつかない場合には,支払いとみることは難しいとしています。
つまり,まとめて支払った場合,労働者の側からみて,どれが残業代に対する金額なのかがわからない場合は残業代を払ったとは認めないと判示しているのです。
これは,みなし残業制を採用していたとしても,同じような問題が起こる可能性があります。
つまり,基本給の中に,固定の残業代も入れ込んでおり,区別を行っていない場合,雇用者の側からすれば,固定の残業代が入っているからこの金額なのだと主張したとしても,明確に区別がつかず,残業したとしても金額は変わらないわけですから,本判決を軸に考えると,残業代の支払いが認められない可能性もあります。
そうすると,雇用者としては,残業代を支払っている(みなし残業代として基本給の中に算入している)にもかかわらず,さらに実労働時間に対応した割増賃金の支払いを命じられ,残業代を二重払いしなければならない危険性もあるということです。
残業代に関しては,どの金額が何に該当するかを判断できるよう明確に区別をしておく方が,こうした二重払いのリスクを回避できますし,労働者側からしても,支払い基準,支払い区分が明確である方が余計なトラブルも生じなくなるため,給与の支払い,特に残業代に関する支払いについては,こうした点を意識すると,トラブルを回避できるといえるでしょう。