不貞相手に対する慰謝料請求と時効について

不貞相手に対する慰謝料請求と時効について

 塩飽紘章

1 はじめに

配偶者が第三者との不貞行為に及び,それを原因として離婚しようというとき,離婚をしようとする人には,配偶者や第三者に対する慰謝料請求が認められることは一般に知られてきているように思われます。 たとえば,次のような[ケース]を想定してみてください。

Xさんは,長年Aさんと婚姻関係にあり子どももいましたが,仕事のため帰宅しないことが多かったこともあり,Aさんは職場で知り合ったYさんと不貞行為に及ぶようになってしまった・・・。 AさんとYさんとの不貞関係は,平成22年にXさんの知るところとなってしまった。 Xさんは,Aさんと平成31年に離婚を成立させたが,その離婚協議を進めたりしているうちに,Yさんという存在を知ってからかなりの年月が流れてしまっていた・・・。 Xさんは,令和元年になった今になって,AさんとYさんに対して慰謝料請求を行うことを考えている。

こうした慰謝料請求の根拠は,民法709条が定める「不法行為」に基づく損害賠償請求権と考えられておりますが,この損害賠償請求権には消滅時効があり,一定の期間を過ぎるともはや請求をすることができなくなってしまいます。 今回は,離婚の際に問題となる慰謝料請求はどのような場合に時効にかかってしまうのかという点を最新の判例にも触れつつ検討していきます。  

2 不法行為の消滅時効

消滅時効とは,一定の財産権について,権利を行使しないという事実状態が一定期間継続した場合に,その権利を消滅させる制度です。 不法行為に基づく損害賠償請求権について,民法724条は次のように定めています。

不法行為による損害賠償の請求権は,次に掲げる場合には,時効によって消滅する。 ① 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。 ② (略)

時効が完成しているかどうかを判断するにあたっては,当然のことながら,「いつから時効のカウントが開始されるのか」がポイントになります。このカウント開始時点のことを「起算点」と言ったりします。 不法行為の場合は,請求しようとする人が「損害及び加害者を知った時」を「起算点」にしていることがわかると思います。  

3 A・Yに対する慰謝料請求の時効起算点

「加害者」についてはなんとなく理解できるとしても,「損害」というのはやや抽象的でよく分からないという印象なのではないでしょうか? 慰謝料請求をする場合の「損害」は,請求者が精神的苦痛を被るなどしたことに基づきます。 では[ケース]で,Xさんが配偶者であったAさんへ慰謝料請求をする場合のことを考えてみましょう。Xさんは,一体どのタイミングで,どのような精神的苦痛を被ったのでしょうか? そもそも,Aさんは夫婦の貞操を裏切る不貞行為を行ったのですから,Aさんが不貞行為を行ったことそれ自体によって,Xさんは精神的苦痛を被ったと言えそうです。 しかし,それだけではありません。 Aさんが不貞行為をしたことで,XさんとAさんとの間の夫婦関係は破綻し,Xさんは本来望まなかった離婚という選択をせざるを得なくなりました。Xさんは,Aさんの不貞行為を原因として離婚という結果に陥ったということによっても精神的苦痛を被ったと言えるのではないでしょうか。 実務では,夫婦の一方の有責行為(不貞行為を含む。)によって離婚に至った場合に認められる慰謝料請求は,有責行為それ自体から生じた精神的苦痛と,配偶者たる地位の喪失による精神的苦痛とを一体として「損害」として捉えています。 このような「損害」の内容を前提として考えると,Xさんの元配偶者Aさんに対する慰謝料請求について,消滅時効の起算点がいつになるのかが見えてきます。 XさんがAさんとの関係で被った精神的苦痛,すなわち「損害」は,Aさんが不貞行為に及んでから離婚が成立するまでの間に継続して発生し続けていたと考えられます。 そして,Xさんの「損害」の程度は,不貞行為に関する事情だけでなく,婚姻生活の長短,離婚後の財産取得能力,再婚可能性の有無なども考慮されて,総合的に評価されるのです。 そうすると,Aさんに対する慰謝料請求は,Xさんの「損害」が確定する,離婚が成立した平成31年を「起算点」として時効のカウントが開始されることとなります。 判例は,離婚慰謝料の短期消滅時効の起算点は離婚時であるとの判断をしています(最二小判昭和46年7月23日民集25巻5号805頁,判タ266号174頁)。   次に,Xさんが不貞行為の相手方であるYさんへ慰謝料請求をする場合のことも考えてみましょう。 これはAさんとの関係で見てきた内容に比べるととてもシンプルです。 [ケース]では,YさんがXさんに精神的苦痛を被らせたのは,Aさんと不貞行為に及んだことそれ自体だけで,それ以上の不法行為は観念することができません。 そうすると,Yさんに対する慰謝料請求は,XさんがAさんとYさんの不貞関係を知った平成22年を「起算点」として時効のカウントが開始されていたと考えるべきです。  

4 [ケース]Xさんは救済されないのか

令和元年になって,ようやくXさんはYさんに対する慰謝料請求に乗り出しました。 しかしながら,ご承知のとおり,平成22年から数えるととっくに3年間の時効は完成しており,Xさんの請求はもはやできなくなっていると見えます。 Xさん側から見れば,ようやくAさんとの離婚が成立し,Aさんに対しては慰謝料請求ができるのに,一緒になって不貞関係にあったYさんに対する請求は時効にかかってしまっているという不都合性があります。 では,例えば,AさんとYさんが不貞関係にあったことに共同性を見出し,時効にかかっていないAさんへの慰謝料請求を,Yさんに対しても行使するという作戦はどうでしょうか? 最判平成31年2月19日は,このような事案において,不貞行為の相手方に対して,本来離婚相手との関係で認められる,離婚に伴う慰謝料請求をすることはできないと判断しました。 「夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではないが,協議上の離婚と裁判上の離婚のいずれであっても,離婚による婚姻の解消は,本来,当該夫婦の間で決められるべき事柄である。」 「したがって,夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は,これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても,当該夫婦の他方に対し,不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして,直ちに,当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはないと解される。第三者がそのことを理由とする不法行為責任を負うのは,当該第三者が,単に夫婦の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず,当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られるというべきである。」 「以上によれば,夫婦の一方は,他方と不貞行為に及んだ第三者に対して,上記特段の事情がない限り,離婚に伴う慰謝料を請求することはできないものと解するのが相当である。」   これまで検討してきたとおり,同じ不貞行為を原因とする慰謝料請求であっても,離婚相手に対する慰謝料請求と,不貞相手に対する慰謝料請求とでは,不法行為の態様や「損害」の内容が異なり,同一・同質のものととらえることはできません。 最高裁は,離婚に伴う慰謝料請求が,長く続いた夫婦関係の清算や離婚後の人生への配慮という趣旨を含む一方で,不貞相手に対する慰謝料請求は,不貞行為というスポットに着目してその精神的苦痛の回復を求めるという区別をしているのではないでしょうか。  

5 むすび

今回検討した慰謝料請求にかぎらず,基本的に,財産権を一定期間以上行使しないでおくと消滅時効によってもはや行使ができなくなる場合があります。 こうした不都合は,請求権を法律が定めた方法で適切に行使したりすることで回避することが可能ですが,どのような権利がどの程度の期間で時効消滅してしまうのか,どのようにすれば回避できるのかといった点は,法律家の判断を仰ぐのが無難であろうと考えています。 社会的に見て妥当な結論を獲得すべく,迅速な権利行使のお手伝いができることを望んでいます。   ※消滅時効の起算点は年月日で特定されるのが通常ですが、[ケース]ではシンプルにするために年次だけで記載しております。 ※引用した民法は平成29年改正後の法文によります。