大星ビル管理事件

大星ビル管理事件

 泉亮介

1 事件概要

 

 Xは,ビル管理業務を目的とするYの会社の従業員としてビル内巡回監視の業務を行っていたもので,月に数回24時間勤務を行っていました。そして,24時間勤務の間に休憩時間と仮眠時間が与えられていていましたが,その時間もビル街への外出は原則として禁止されており,仮眠室における在室や,電話対応,警報に対応した必要な措置をとることなどが義務付けられていました。 そして,実際に仮眠時間中等に実作業の必要が生じることもあり,その際には所定の手当てを受けていました。以上の事案で,XはYに対し,仮眠時間も労働時間であると主張し訴訟を提起しました。

 

2 最高裁判決 最一小判平成14年2月28日

 

 これに対して,最高裁の判決は以下の通りです。

 

「労基法32条における労働時間は,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指すものであり,実作業に従事していない仮眠時間が労働時間に当たるかどうかは,労働者が仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価できるか否かにより客観的に定まるものであるとし,いかに仮眠時間として定められていたとしても労働からの解放が保証されていない場合には労基法上の労働時間に当たる。」

 

3 判例からわかること

 

 この判例で取り上げられている労基法32条とは,労働時間についての定めた条文です。残業代についての時間外の基準となる一週間40時間,一日8時間の労働時間を定めているものですが,この労働時間とはどういうものが該当するのかについて判断を示したのがこの大星ビル管理事件となります。

 

 この判例で問題となったのは,主に休憩時間,仮眠時間等の,労働者が形式的には労働をしなくても良い,就労から解放されていると判断される時間帯が,労働時間として評価され,そこに給与の支払い義務が生じるのかどうかという点です。

 

 この点について最高裁は,労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指すものと判示し,その指揮命令下に置かれているか否かについては,実態を見て判断をするべきとしました。すなわち,いかに休憩時間,仮眠時間といった,労働者が労働に従事しなくても良い時間だとして,実際に労働に従事していない時間があったとしても,その時間に不測の事態,例えば緊急の電話連絡の対応,顧客からの電話対応,上司の連絡の対応等を行わなければならない場合は,使用者の指揮命令下にあるものと評価すべき,としたのです。そしてこのような場合には,仮眠中の時間等,労働に従事していなかった時間を含めてすべてが労働時間に該当すると判断しました。

 

 すなわち,休憩時間,仮眠時間として給与の支払いを行わなくてよい時間として評価されるためには,労働者が使用者の指揮監督から解放されている必要があり,具体的には,緊急の対応をする必要があるのかどうか,またその必要が生じる可能性がどの程度あるのかを考えることとなります。

 

 緊急の場合に対応をする必要はあるけれども,その緊急の事態が生じる可能性がほとんど考えられず,そのような例外中の例外のようなケースを想定しなければ,基本的に休憩時間中,仮眠時間中に労働に従事する必要はない,というような場合には,その休憩時間や仮眠時間は労働時間とは評価されないでしょう。

 

 逆に,休憩時間中にも上司から仕事を振られることが頻繁にあり,その対応もすべて行わなければならないということが常態化している場合,たとえ休憩時間として労働に従事していない時間があったとしても,その時間はすべて労働時間として評価されてしまうでしょう。

 

 以上からすれば,形式的に労働時間や休憩時間が定められていたとしても何も意味を持たないことがわかるかと思います。

 

 会社の立場でいえば,休憩時間や仮眠時間を形式的に整備していた場合,それが労働時間として評価されてしまった場合,高い確率で時間外労働として評価されてしまい,割増賃金の支払いを求められる可能性が極めて高くなります。

 

 逆に,労働者の立場でいえば,休憩時間にもかかわらず仕事を振られ対応せざるを得ない状況で,その労働を行っている時間に休憩時間だからという理由で給与が支払われていないような場合,その間の給与の支払いを請求できる可能性があります。形式的に休憩時間だからという理由であきらめず,その間自身が労働から解放されている時間となっているのかどうかを考え,少しでも疑問に思うことがあれば弁護士へ相談してみましょう。